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  • 執筆者の写真耕司 大平

イエスの奇跡!

2024年3月9 日(土)    「イエスの奇跡!」   LT(Loving Time)大平耕司

ある日、ホリーさんは、予約していた娘の誕生日ケーキをお店に取りに行きました。すると店員は「別の女性が支払ってくれました」と言ったのです。「あら、本当? 私を知ってる人?」「いいえ、でもメモが残されています」。メモにはこう書かれていました。「息子のネヘミヤは今日、8歳になるはずでした。息子を偲ぶのに、私は別の人に何か良いことをしたいと思ったのです。お子さんの誕生日ケーキをおいしく召し上がってください。そして今日が特別な1日になりますように。今日はお子さんをちょっと強く抱きしめてあげてください。遊んでいる姿を見守り、忍耐心を持って接してください。小さな手にキスをして、どれほどお子さんを愛しているか伝えてください。子供というのは本当に美しい贈り物です。あなたの1日が美しくありますように。あなたのご家族に、天国にいる私の天使と共にたくさんの愛を送ります」。 ホリーさんは当初、娘の誕生日パーティーを開くことを躊躇していました。完璧にやらなくちゃいけないし、お金もかかるし……でも、娘にせがまれて、しぶしぶOKしましたが、このメモを読んで、気持ちがすっかり変わりました。そしてSMSに投降しました。「物事の見え方が変わりました。心が溶けました。ぐちゃぐちゃに泣いてしまいました。自分の子供たちに心から感謝します。ああ、娘のエバも8歳になったんです。自分に娘のエバがいることに、ただただ感謝の気持ちです。今夜はネヘミヤちゃんとママのことを思って、少し強くエバを抱きしめます」。

今日私たちに与えられた聖書のメッセージです。***********************************

マタイ9章35節『イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた』・・イエス・キリストは、山上の説教を通して現代の私たちにも大切な教えを残されたその一方で、数々の奇跡を起こされています。それは、「イエスのなさったこと・・その一つ一つを書くならば、世界もその書かれた書物を収めきれないであろう」(ヨハネ21:25)とあるほどのものです。初めての奇跡を起されたのが、イエス御自身が招待されたカナの婚礼です。イエスの母マリアは参列者をもてなす大切なワインが足りなくなったことに気づき、イエスに知らせます。この時イエスは水がめに水をいっぱいに満たすように要望されます。するとその中身が高級なワインになっていたとうものです(ヨハネ2:1∼12)。因みにこのワインと訳されている単語は、ぶどうジュースとも訳すことが出来ます。それ以後、湖を舟で渡る途中で嵐を鎮められたり、ガリラヤの湖上を歩かれたり、パンと魚を増やして人々に与えたり、様々な奇跡をなさり、超人的なご性質を現わされました。その奇跡の中でも、病気や怪我の癒しや死者のよみがえりというような人を癒す奇跡は群を抜いて多く記述されています。イエスはあらゆる種類の病を癒したと言われるほどで、生まれながらに目や耳、手足などを患う人々や熱病の病も癒しています。中には12年間も血漏(けつろう)を患う人もいました。裕福であった彼女は様々な手を尽くしますがいずれも効果はなく、財産も友人も失っていました。心身ともにボロボロになった彼女が最後にすがったのがイエスで、彼女がイエスの衣に触れた瞬間に病が癒されたのです。また、死者のよみがえりのエピソードも多々あります。死後四日も経っていた友人ラザロをよみがえらされたこと(ヨハネ11:1∼45)。亡き息子が運ばれていく中、傍らの悲しむ母親を憐れんで、その息子をよみがえらされたり(ルカ7:11∼17)、死んだ会堂長の娘をよみがえらされました(マルコ5章)。

このような数々の癒しやよみがえりの奇跡は、愛のご性質のゆえにイエス・キリストご自身が人間の苦悩と罪を担われた結果でした。そして、イエスは癒した人に対して、「あなたの信仰があなたを救いった」と告げられました。

このような憐れみと癒しの奇跡は、当時の社会事情に大きく影響しました。ユダヤ人は、旧約聖書に書かれてあるモーセ律法を守るべく、タルムードと呼ばれる複雑でうんざりするような生活規範に囲まれて生活をしていました。彼らは一日に守るべき条項が623もあるという環境に置かれていました。それらを守るということは、まず記憶しておかなければならないという大きな負担も伴っていたということです。さらに、律法学者とかパリサイ派という人々が律法の遵守を主張し、人々の一挙手一投足を監視していました。そのようなストレス社会の中で、精神的な病気が起こらない方が不思議なくらいでした。そして、当時のユダヤ社会では、皮膚病、心の病、神経症などを患った人々は、罪人の証しであると社会からのけ者にされていました。イエス・キリストはそのような宗教的、社会的構造そのものに異議を申し立て、その人々をむしろ進んで受け止められ、神の本質である愛を示されました。それを裏付けるやり取りです。『さて、イエスは通りすがりに、生まれつき目の見えない人を見かけられた。弟子たちがイエスに尋ねた。「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも両親ですか。」イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」』(ヨハネ9:1∼3)。このあと、イエスは盲人を癒されました。当時のユダヤ人の多くは、支配されているローマ帝国や敵対する国々に軍事的にも政治的にも対抗できる、かつてのダビデ・ソロモン王国のような、ユダヤ人国家の再興を期待していました。神が旧約聖書に預言されている救い主として与えられる人物は、そのような国のリーダーであると考えていたのです。しかし、神の導かれる王国は、罪を滅ぼし、悪に打ち勝ち、すべての人類の叡智や力を凌駕する永遠の愛の王国でした。どこまでいっても、「今だけ、金だけ、自分だけ」といった自己中心のエゴの塊である人間社会をはるかに超えた神の国です。その愛の国のルールを説いたのが、十戒に代表される旧約聖書に書かれたモーセの律法でした。それは、人間の力ではどうしても解けない難問でした。しかし、それを人間的な力で解決すべく、膨大な規則で埋め尽くし、表面的に聖人君子を装う律法主義・形式主義へと変遷していったのでした。そのために、タルムードという膨大な生活規範を作り出し、ロボットのようにそれを守らせるという、愚かな選択をした神の民だったのです。イエス・キリストはそのような人間に、神の真意を伝えるべく、また、神の救いの目的の最終的な総仕上げをなさるために、地上にお生まれになられました。彼らが、頑なに守り続けてきた神殿礼拝の形式ややり方の中に、最終的な救いの姿であるイエス・キリストと十字架が繁栄されていたのです。

 旧約時代、神の民は、日々の自分の罪の身代わりとして動物(一歳の雄羊)に責任を転嫁して、いけにえとして毎朝晩ささげていました。それが神殿礼拝の中身です。祭司は、その人間の罪が転嫁された動物の血を神殿の内部に持っていき、ふりかけていました。そのすべては、イエス・キリストの十字架の犠牲を象徴するものでした。人間の罪は、罪のない完全な人間によってしか贖えないのです。それは真理です。ですから、罪のない神であられるイエスが人間の姿をとって身代わりになられたのです。そのことのゆえに、イエス・キリストの再臨の時に、身代わりの犠牲を受け入れた者は、罪が赦されて永遠の御国へ、よみがえりのイエスのように、罪もなき完全なる身体で永遠の御国に住むことが赦されるのです。それが愛のすべてです。冒頭の聖句ですが、『イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた』(マタイ9章35節)とあるように、イエスは、すべての地域をくまなく回られ、御自身の十字架の身代わりの救いの良き知らせを伝え、希望を民に与え、天国の喜びと愛の神の権威を示すべく、出会ったすべての民の病を癒されて回られたのです。私たちもそれに倣う民です。感謝!

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